ヤギはにがくてまずい

実はしまうまよりガゼルの方がうまいらしいよ

岸田文雄と万歳三唱しよう(国会解散見学ルポ2021)

時は2021年10月14日。永田町に

2人のオタクが結集していた。

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かっこいい

 

……こちらの、踊るさんま御殿みたいな構図の好青年は僕ではない。

 

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アイコンは「オモコロアイコンジェネレータ」にて作成

 

どうも。しまうまうましです。マジでラフな格好で国会行ってきたんですけど周りはみんなちゃんとめかしこんでたんですっげー恥ずかしかったです。

 

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「解散」のフリー素材

ということで、スーツを着込んだおっさんおばさん465人が万歳すると同時に無職になるイベント、衆議院の解散に行ってきました。

 

この記事は国会をわざわざ見学してやろうという奇特な人間のための備忘録としても、オタクのヒマツブシとしても役に立つ予定です。

 

そもそも国会の解散とは?

そもそも国会の解散とはなんぞや?という疑問を持っている方も多いと思うので、ここでは軽く解説を挟もうと思う。

 

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あたらしい憲法のはなし(出典:青空文庫

 

衆議院の解散は憲法7条と69条に規定されている。

 

まず憲法69条。

 

内閣は、衆議院不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

 

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対立

要するに、内閣と議会の意見が食い違ったときは、内閣か議会のどっちかを新しく作り直しましょうという規定である。この規定に基づく解散は政治学オタクから「69条解散」と呼ばれている。

 

ただし、憲法69条に基づき内閣が総辞職もしくは衆議院が解散することは日本憲政史ほとんどない。というのも、日本の国会はほとんどの場合自由民主党が多数を占めているので、自民党が分裂しないかぎりは内閣(もちろん自民党の総裁が首相を務めている、村山富市などの例外を除けば)が不信任を叩きつけられることはないのだ。

 

裏を返すと自民党が分裂した際には69条の規定が利用されることもあり、55年体制下では1980年と1993年に不信任案が可決されている、とか、野党から内閣不信任案が提出されて審議が長引くのを避けるために与党が自ら内閣信任案を可決することもある……などのどうでもいい知識もあるが、ここでは割愛するので興味のある方は調べてみてほしい。

 

続いて憲法7条。

第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。

二 国会を召集すること。

三 衆議院を解散すること。

(以下略)

 

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ヨーロッパではポッキーが「ミカド」と呼ばれている

要するに、天皇の国事行為として国会を解散することができるのだ。

 

天皇は内閣の助言と承認に基づき国事行為を行う、国事行為には衆議院の解散が含まれる、よって内閣は衆議院を解散できる。理想的な三段論法である。

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国会議員って失業保険を受け取れるのかな

決定の主体は内閣であり、内閣は全会一致で意思決定を行うことが慣習となっているが、憲法68条によれば首相が国務大臣を自由に罷免することができるので、反対する閣僚を全員クビにすればよく、2005年に小泉純一郎が実際そういうことをしている(余談だが、歴史上首相がすべての大臣を務める1人内閣が成立した例もある。一瞬だけの話だけど)。

 

つまり、憲法上は、首相がその気になればいつでも天皇に頼んで国会を解散してもらえるということになっている。

 

この規定に基づく解散は政治学オタクから「7条解散」と呼ばれている。

 

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出典:岸田文雄公式サイト

で、現首相であるところの岸田文雄氏が憲法7条に基づいて衆議院を解散しようとしているので、それを見に行った、というのがこのブログ記事である。

 

予約をしにいく

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日本の中心

ということで10月14日午前9時、我々は永田町にやってきた。

 

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さながら議員秘書のよう(実際秘書らしき人も見学に来ていた)

 

こちらは同行者のI氏。都内の国立大学で建築を学んでいる。

 

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汚職政治家に金をたかる三下

 

こちらは僕。京都大学で経済学を学んでいる。

 

2人は麻布高校の同期で、それぞれ予算委員会(生徒議会のようなもの)に所属していた。

 

余談だが、国会の予算委員会財務省理財局長の佐川氏が野党議員に詰問されているころ、麻布学園予算委員会監査局長=僕も、I氏を含めたコンプライアンスを重視する議員に厳しく詰問されていた。こう言ってよければ佐川氏の答弁に同情していた記憶がある。

 

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ここで傍聴を予約する

2人で衆議院面会受付所に行く。いかにも衆議院の傍聴が予約できそうな場所はいくつかあるのだが、実際はここでしか予約できない。国会議事堂前駅1番出口にほど近いところにあるが、わからなければ無数に立っている警備員に聞くのが早い。この建物に来る人間は全員国会を見学しようとする奇異な人間なのかと思うと、さながらコミケの待機列のような圧迫感を覚えた。

 

行く途中で、観光バスからぞろぞろと降りてくる小学生たちに出会った。どうやら見学に来たようだ。とってもいい日に見学に来たものだなあと後方両親面をしていると、引率の教員が「気持ちが悪い人いませんか~?」と小学生に聞いていた。確かに僕はキモオタかもしれないがあんまりじゃないか、と思った。

 

面会受付所で名前を記入する(写真を撮りたかったのだけれど撮影禁止だった)。僕たちの前には約10人が名前を書いていた。係員の説明曰く、会議は11時50分から参加者を1人ずつ呼んでいくからそれまでにはここに戻ってこいとのことだったので、実際はもう少し遅く行ってもよかったかもしれない。

 

……というわけで、若者が暇をつぶすには最も向かないであろう場所・永田町で、我々は待ちぼうけを食らってしまった。

 

国立国会図書館で暇をつぶす

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マジでなんでもある

 

というわけで、我々は近くにある国立国会図書館にやってきた。

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出典:朝日新聞から誰かが持ってきてブログに貼った画像をAIで拡大した

 

国立国会図書館はマジでなんでもある図書館だ。マジでなんでも引き取ってくれるうえに、定価の半分くらいお金を出してくれるので、意味のない記号の羅列が書かれた本を定価64800円と銘打って納本した人もいる。それぐらい蔵書の幅が広いということだ。文系の学生なら一度はお世話になるかもしれない。

 

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下にあるのはゲーセンのICカード

 

入場には利用カードが必要なので、登録ののち入場する。I氏は一度インターネットでの資料請求を利用したらしく既に登録されていた(さすが好青年)。入場には事前予約が必要らしいが、手ぶらでいっても午前11時までは入場できるので問題はない。

 

I氏が構造力学の勉強をするなか(さすが好青年)、僕は以前から読んでみたかった80年代の雑誌『ビックリハウス』と、オタク雑誌『ユリイカ』のバックナンバーを請求した。国会図書館には開架図書がほとんど存在せず、端末から欲しい本を検索して取り寄せる必要があるのだ。届くまでのあいだは資料館でNBC兵器(核、生物、化学兵器のこと)についての本を読んで暇をつぶした。厨二病かつ懐古厨の読書である。

 

図書を受け取るカウンターは市役所のそれくらいバカでかくて、その後ろに、大量の注文された本や蔵書のある階へのエレベーターが鎮座している。イメージとしては都心部の地下にあるすげー駐車場に近い。入り口が一つしかなくて車が自動的に運ばれるやつ。本を棚から出して渡すということに特化したデザインになっていて、なんだかかっこよかった。働くのちょっと楽しそう。

 

で、注文した『ビックリハウス』と『ユリイカ』を受け取った。

 

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集編任責里重井糸

 

ビックリハウスは"パルコ出版"から出ている雑誌で、"糸井重里"がコーナーを企画し、同じ誌面に"YMO"や"村上春樹"が取り上げられている……となると、サブカルオタクとしては読まざるをえないと感じたのだ。私の目当ては、その糸井重里が編集しているコーナー『ヘンタイよいこ新聞』である。このコーナーは読者投稿が中心で、紙媒体でTwitterみたいなことをしようとしたらどうなるか、という感じのコーナーである。毎号毎号バカバカしい短文の投稿ばかりが集まっているのだが、時代が違えはデイリーポータルZやオモコロのライターも投稿していたに違いない。

 

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魔法少女まどか☆マギカ』特集も一纏めにされて貸し出された

 

ユリイカは2011年11月号のやくしまるえつこ特集を借りた。というのも、以前、東大の授業をオンラインで聴講したのだが、その授業の講師(名前を仮にP氏とする)が寄稿しているからだ。P氏はペンネームで講義を行っているが、P氏名義の論文はないかと思ってCiNiiで探したところこの雑誌に行き当たった。

 

……とまあ、ヒマツブシには非常に向いている場所なので、国会見学の際時間が余ったらぜひ国会図書館に行くことをお勧めする。

 

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Cランチ

 

ちなみに、国会図書館には食堂も併設されている。上のパスタセットが650円なので、近所に手ごろな飲食店のない永田町に来た際はここで昼食を食べるのもよいかもしれない。味は普通だった。

 

いよいよ国会を見学する

国会内は残念ながら写真が禁止されているので(当たり前だが)ここからは写真少なめになる。

11時50分。面会受付所には20~30人ほどの老若男がいた。女はほとんどいない。半分は暇な老人、もう半分は政治オタクの学生といった次第である。

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出典:https://moukaru-keiba.com/horseracing_wakuren_hit/

 

受付所にはその日の会議の予定を示すテレビが置いてあり、「議運 12:00」「本会議 13:00」などのように書かれている。競馬の倍率を示すアレ(画像参照)とほとんど同じようなデザインだ。室内のいなたい雰囲気と相まって、受付所はほとんど場外競馬場と化していた。

 

 

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後ろのめちゃくちゃ汚い机はこれまでのオタク活動の集大成である

 

警備服に身を包んだ係員が一人ずつ参加者の名前を呼んでいく。名前を呼ばれると参加申込書のようなものを渡されるので机で適当に書く。申込書を係員に渡すと傍聴券とロッカーのカギを受け取れるので、荷物をそこに預けて議場へと向かう。

 

議場に行くためには、金属探知機を通ったあと10人ぐらいのグループに分かれ、外に出て階段を下りて議事堂に入ってからエレベーターを2回上って……という非常にややこしい経路を通る必要がある。さらに、議場に向かう途中で途中で国会議員からの紹介で来た人間(ざっと100人~150人くらいか?)と合流する。当然の結果として、I氏とは一度はぐれてしまったが、議場の係員に言えば連れが来るまでエレベーターの前で待つことができるので問題はない。

 

2回目のエレベーターは1階で乗って4階で降りる必要がある。3階で降りると報道陣が詰めている席に向かうことができるようだ。4階で降りた先には議場内での規則が書かれている。曰く、飲食喫煙をしない、退場は係員の合図ののち行う、大声を出さない……

 

大声を出さない?

 

僕の「岸田文雄とともに万歳三唱しよう」という計画はここで脆くも崩れ去った。まあ当然である。面会受付所の看板には「示威行為を禁じる」と書かれていた。万歳三唱を認めてしまえば「示威行為」と「純粋なバカ騒ぎ」のどこかに線を引いて規制しなければならない。

 

……失望を胸に抱えながら衆議院の会議場へと足を進めた。だいたい12時20分ぐらいだろうか。

 

本会議

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出典:僕のIllustrator

 

 

本会議場は3つに分かれている。1階には議員が、3階には報道陣が、4階には傍聴人が座るといった次第である。

 

我々は傍聴席の左前に座った。有名な議員の顔くらい拝んでやろうと思っていたのだが、重鎮議員は我々の真下に座っているようで見ることができない。その証拠に、報道陣のカメラはみなこちらを向いている。おそらくこの辺りに岸田・安部・麻生あたりが座っているのだろう。

 

そこまで有名でない議員の顔もほとんど判別することができない。議場にオペラグラスを持ち込むことも検討したのだが今回は持ち込まなかった。受付所の係員曰く「オペラグラスを持ち込めるかどうかは警備の人間に聞いてほしい」とのことだったので、もしこのブログの読者の方が国会見学に行く機会があったらぜひ挑戦してほしい。

 

本会議が始まるのは13時だが、開始まではあと30分ほど時間がある。電子機器の類はすべて持ち込み不可なので正直かなり暇である。次行くことがあれば紙媒体のヒマツブシを持ち込もうと思う。結局僕はI氏と政治用語しりとりをして時間をつぶすことにした。かなりの言葉が「う」で終わる(〇〇党、○○省、etc……)ことに気が付いたI氏のワンサイドゲームに終わった。不毛すぎる。

 

開始10分前だか5分前になると予鈴が鳴る。議員がぞろぞろと入ってきた。議員たちは思い思いに雑談しており、高校の移動教室のようだった。まあ議員も人間なので雑談ぐらいするだろう。室内がやや騒がしくなり、我々傍聴席の面々も少し声を大きくして話始める。

 

そして、騒がしい議場は大島衆院議長の入場とともにしん・・と静まり返る。

 

官房長官が紫色の布に包まれた解散詔書を議長の元に運び、憲法第7条に基づく衆議院の解散が宣言される。

 

 

 

万歳!

 

 

 

と1人の議員が口にする。どうやら自民党の若手議員のようだ。

すると、ほかの議員たちも

 

 

 

万歳!

 

 

 

……というようなやり取りが3度続いたのち、議員たちは三々五々で議場を後にした。

係員が傍聴人に対して帰るように促す。

我々も議場から出た。

 

というように、めちゃくちゃあっけなく終わった。

 

 

おわりに

以上が衆議院解散見学ルポである。会議が始まってから解散するまでは5分とかからなかった。

大人が昼からぞろぞろと集まって万歳三唱して全員無職になるわ、それを物好きなオタクたちが昼から見物しているわで、なんだか白昼夢めいていた。

が、それでいいのかもしれない。というのも、解散を見終えたのち、僕はある事実を確認した。それは「儀礼によって政治の正当性が担保されている」という事実である。

 

以下はあくまで僕の意見だ。

 

カイヨワというフランスのおっさんが「遊び」を4つに分類しているのは割と有名な話だ。ざっくり要約すると、彼曰く遊びとは「運試し」「競争」「ままごと」「スリル」の4要素の組み合わせなのである。

で、衆議院の解散とそれに続く選挙戦というのは、この4要素をうまくミックスさせている。

選挙戦はもちろん「競争」である。だれが勝つかわからない「運試し」でもある。ダルマの目を黒く塗ってみたり、演説してみたりというのは「ままごと」に近い。沈黙を破って万歳三唱することは身体的な「スリル」を伴う。

要するに、政治というのはものすごい大規模な「遊び」なのだ。

 

で、わざわざ大の大人がおふざけに身を投じるからこそ、政治というのは国民を統御する正当な仕組みとして承認されるのだと僕は思う。なぜなら、バカバカしいおふざけを強制されるということ自体が、"政治"という存在がいかに偉大であるかを衒示するのにとても役立つからだ。

 

今行われている一連の儀式は、神権政治でもなくカリスマによる支配でもないこの国で、政治システムが正当性を得るための祝祭であり、その衆議院解散オープニングセレモニーはなるったけ豪勢に行うべきなのだ。

 

、いうことを感じた一日であった。

 

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国会前にて撮影

 

お土産には岸田文雄チョコクッキーを買った。

 

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1100円(税込)

 

このバカバカしさも政治の正当性を担保しているのかもしれない。

今度京都に持っていくので欲しい人は連絡してください。

 

(おわり)

ますます増田 ひろめて寛也

しまうまうましです。集中講義をいっぱい取ってしまったので実家に帰るタイミングを逃しつつあります。

後の祭り

東京都知事選が終わったらしい。

私は横浜市民なので特に関係があるわけではないけど、東京の高校に通っていたので投票に行ってきた知り合いがたくさんいる。

結果といえば大方の予想通り現職の小池百合子氏が圧勝したわけで、正直言ってつまらない選挙だなあと思ったんだけど、個人的に興味深いデータを見つけた。

インターネットには無料でなんでもやってくれる人がいて、都知事選主要4候補の地域別得票率を地図帳みたいにまとめてくれる人がいる。

地図を見ると、山本太郎氏は都内全域で満遍なく得票している一方で小池百合子氏は多摩東部から23区西部・中央部にかけて得票率が落ちている。残り2人の地図と見比べると、多摩東部〜23区西部にかけては宇都宮健児氏、23区中央部は小野泰輔氏が小池氏の票を奪っているらしい。

 

で、何を思ったかといえば、都内に住む同輩の麻布出身者の政治的傾向の分布となんとなく一致しているな、ということだった。もちろん当てはまらない人も居ると思うがそこはご容赦いただきたい。あくまで「ぼんやりとそんな感じだな」ぐらいの話である。

住む地域には年収や価値観が反映されるので、結果として同じ地域に住む人間の政治的傾向が似たようなものになる、というのはわかるんだけど、私の知り合いは実家暮らしの大学生が大半で、つまりは住む地域は親の属性を反映したものであるはずだ。

それが、結果としては知り合いの麻布出身者は住む地域の投票結果に似通った政治的傾向を持っている。個人的にはそこが非常に興味深かった。やはり政治的傾向は親の影響を強く受けるのだろうか。それとも地域からの影響(たとえば小学校の友達とか)が大きいのだろうか。

 

ちなみに先ほど引用した三春氏は去年の参院選における各政党の地域別得票率も公開している。

第25回参院選(2019年)精密地域分析 ―速報版―|三春充希(はる) ⭐みらい選挙プロジェクト|note

興味がある方はぜひ自分の政治的傾向と見比べていただきたい。もしかしたら私たちの社会に対する意見というのは血縁や地縁から与えられたものなのかもしれない。

 

BAY国大統領とわたし

しまうまうましです。今期は20単位取れそうです。

カウチソファで二次創作を見ること

大統領制を採用している国家—例えば海沿いにあるBAY国としてみよう—があります。

仮定①

BAY国大統領は、自国の人種差別問題を無視しています。

仮定②

BAY国大統領は、人種差別によって恋人や家族が引き裂かれる映画を絶賛しています。

問題:BAY国大統領のどこが批判されてしかるべきでしょう?

 

この例え話と現実がどれくらい似ているかは知らない。仮定①は似ていると思うけれど、仮定②はこれから話す話のために勝手に作った。

 

わたしは、自分なりの例え話の答えを持っている。けれど、わたしはこのBAY国大統領を批判はできない。わたし自身が大統領と似たような状況にあるからだ。

 

話は変わって、最近わたしはアイドルマスターシャイニーカラーズのキャラクター・浅倉透と樋口円香が登場する二次創作をよく読んでいる。

浅倉と樋口は隣同士の家に住んでいる幼なじみで、樋口円香は見ず知らずのアイドルプロデューサーに浅倉透が騙されているのではないかという懸念を抱いてプロデューサーを問い詰めるぐらいには浅倉のことを大事に思っているらしい。二次創作においてキャラクターの関係性は恋愛に変換されがちなので、わたしが見る二次創作の多くでは樋口が浅倉に恋慕している。浅倉も樋口に恋慕している二次創作もあればそうでない二次創作もある。

 

さらに話は変わって、二次創作を表す用語の一つに「バームクーヘンエンド」というのがある。仲睦まじい2人のうち片方が別の相手と結婚し、もう片方が結婚式の引き出物としてもらったバームクーヘンを一人暮らしの部屋で寂しく食べる......というシチュエーションから付いた名前で、要するにラブラブなカップリングの片方が結婚してもう片方が取り残されることを指す。

バウムクーヘンエンドとは何か?BLにも有用な設定の特徴などを解説 | 創作ネタまとめ BL男女ネタのヒント〜そうとめ〜

で、「バームクーヘンエンド」で検索すると出てくるこのサイトによれば、

バームクーヘンエンドは一般の創作よりもBL創作やGL創作になじみのあるもの

で、

同性ならではの結ばれることに対しての壁の高さや世間の目、そしてそれを打ち砕く互いの愛

が重要らしい。

 

で、上の2つの話を組み合わせると「浅倉透が男性と結婚して樋口円香が家で引き出物のバームクーヘンを食べる」シチュエーションを想定することができる。というか浅倉が男性と恋仲になって樋口の片思いが爆散する二次創作を何度か見た覚えがある。

そのどれもが素晴らしかった。

書き加えると、浅倉透は幼少期にプロデューサーと出会っていて、彼の存在が彼女にとって重要であることが早い段階で明らかになる。プロデューサーを指すのに「彼」という人称代名詞を用いたけれど、ゲーム内の描写から彼は明らかに男性である。先述したとおり二次創作においては関係性が恋愛に変換されることが多いので、浅倉透は男性=プロデューサーに恋慕しがちなのだ。もちろんプロデューサー以外の男性と結婚するパターンも数多く存在する。

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↑ゲームのワンシーン。左がプロデューサー。見た目だけではなく、これ以外にも彼が男性であることを前提とした描写がゲーム中に多数存在する。

 

この辺で話は本筋に戻る。

わたしは去年の参院選では同性婚を認める政党に投票したが、それ以外にジェンダーセクシュアリティにかかわる社会問題に対して具体的にコミットしたかと言われると、そのような記憶はない。そのわたしが、同性ならではの結ばれることに対しての壁の高さや世間の目を舞台装置にした作品を消費している。

 

わたしとBAY国大統領は相似の関係にあると思う。つまり「ある社会問題を題材にした作品を、その社会問題の解決に取り組まないまま消費している」これが例え話の問題のわたしなりの答えであり、今のわたしを表した言葉だ。BAY国大統領の態度は欺瞞だと思うが、わたしは大統領を批判できない。なぜならわたし自身がBAY国大統領と多かれ少なかれ同じ構図にあるからだ。

 

わたしはこれまで同性同士の関係性を描いた二次創作に囲まれて生きてきた。だからこそ、そろそろ先述した問題に真剣に向き合うべきなのだと思う。BAY国大統領を批判できるように。二次創作を心の底から楽しめるように。他の誰かの生きる権利を侵害しないように。わたし自身の生きる権利が誰かに侵害されないように。

日記(6/23)

はカラスヤサボウの『共犯者』が好きだ。


共犯者/カラスヤサボウ(Vo.鏡音リン)

 カラスヤサボウが作る曲は時を経るごとに様子が変わっていて、ぼくが小学校高学年だったころは『文学少女インセイン』とか『ダンスダンスデカダンス』とか世間に中指を突き立てまくる曲を作っていたはずだけれど、今はお願いマッスルめっちゃモテたいと無邪気に歌っているわけだから、年月が流れると人間は川底の石みたいに丸くならざるを得ないという自然の摂理を再発見したような気がする。

 僕たちは梨本うい的なものを卒業していく。Neruも昔は中学二年生が抱えがちな敵意丸出しの自意識を煮詰めた曲を書いていたのに最近は仇敵の側に立ってシニカルな笑みを浮かべている気がする。彼の3rdアルバムのタイトルは"CYNICISM"なんだしそれはそうなのかもしれない。

 たぶん反抗の行きつく先は迎合か冷笑の二択なのだろう。これは生存バイアスがかかった意見で、もし択一しなかった場合は社会からゆっくりフェードアウトして視界から消えていくからそう見えるのだ。

 

 『共犯者』の話に戻ると、カラスヤサボウの場合、ひねくれた態度を脱して吹っ切れる前に一回ピュアな路線に行って、そのあとに「架空の映画のワンシーン」をイメージした曲というコンセプトのシリーズ――『共犯者』はそのシリーズの第1作である――を始めている。『文学少女インセイン』は世間への逆張りだし、ピュアな路線の曲もそれはそれで逆張り逆張りみたいな感じがしたんだけれど、『共犯者』に代表される架空の映画シリーズは逆張りをしない。その辺はカラスヤサボウも自覚的で、

 

文学少女インセインや"goodnight,wonderend"(筆者注:"ピュアな路線の曲"が集まったアルバム)はある種、思想や義務感に取り憑かれたアルバムだったように思います。自分の信じる音楽、正義というような少し青臭いもの、そこから発される熱、そのようなものに当てられていたように感じます。

 https://www.otobit.net/ks04.html#/

と語っている。

 僕は『共犯者』の垢ぬけた感じが好きだ。実在しない映画のワンシーンを切り取ったこの曲は、連綿と続く現実のしがらみから解放されている。少女二人が空想の都市を爆破して非常階段から飛び降りる歌詞、色のないキャラクターと抽象的な模様が描かれた映像、あっけらかんとした音色、現実の肉声よりも透きとおっていて人間の存在を感じさせないボーカロイドの声。それらすべてが解放を印象付ける。

 

 落ちサビの前の歌詞がこの曲を象徴している。

 

「このままどこまで行けるだろうか? 別世界の果てまで来たら続きを聞かせて

怪獣めいた最終回が君をさらっていく そんな悲しい終わりなんて今はいらない」

 

 連続するテレビ放送はどこかの時点で終わる。その必然的な終わりを「今は」拒絶し、遠い別世界へと旅立とうとする二人。それはどこまでも刹那的で、刹那的なものに特有の多幸感と軽やかさを帯びている。

 

 余談だけれど、最近読んだ『ポスト・サブカル焼け跡派』という本で、タモリによる赤塚不二夫の弔辞が引用されていた。なんだか似たようなことを言っていた気がすると思って本を開くと実際ちょっとだけ似ていた。

 

あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と。

 

 タモリ全共闘やフォークミュージックといった「ネクラ」な文化を下地に成長し、批判的に取り入れた。そう『ポスト~』は語る。それと同じことがカラスヤサボウの場合にも起こっていて、鬱屈とした曲を書いていた時期があるからこそ、あるいは、2010年代初頭のインターネットが持っていたウェットな雰囲気の中で活動していたからこそ、現在の脱皮が存在しているのだろう。

 

追伸:梨本ういで思い出したけど、高校のPTAが主催するコンサートで『くたばれPTA』を歌いたいと何度か思ったことがある。その場所であえてそれをやりたいというのは「僕の高校はそれぐらい自由だと思います」「そんな自由を疑問を持たずに享受しています」「ガス抜きに反体制的なロックを歌っただけで満足です」という態度の表明であって実に当時の僕らしいと思う。そもそもかつてはアナーキーだったロックンロールが今はポピュラーカルチャーのジャンルの一つとして取り込まれているわけであって二重の意味で皮肉な構図ではなかろうか。

日記(6/22)

棚を買った。リサイクルショップで400円だった。店が近所だったので買った後えっちらおっちら抱えて歩いた。ちょっと恥ずかしかった。買った本棚には漫画と早川書房青背を入れている。チェンソーマンめっちゃ面白いですね。デンジくん......

 

『プロジェクトぴあの』というSF小説を読んでいる。今2/3ぐらいまで来た。優れたSFはそれが書かれた当時の社会状況をよく反映していることが多いと思うのだけれど2014年に書かれた本書はいかにもニコニコ全盛期を想起させる内容だった。動画製作者が〇〇Pを名乗らなくなって随分経つけれど、小説の中ではクラッシャーPなる人物が天才アイドル・結城ぴあののPVを作っている。"ボーカロイド" "東方Project" "アイドルマスター"辺りが顔を出すけど"艦隊これくしょん"がギリギリ出てこないのは古き良きインターネットって感じがした。いやわかんないな艦これは結構懐古的に語れる気がするかも。当時は原宿だろうか、それともGINZAだろうか。あと5年前は「ステマ」って言葉ありましたね。今だったら同じ行為でも「フェイクニュース」の方がよく使う気がする。

ジェンダー論で"アライ"という概念があることを学んだ。教授が"イキリアライさん"になるな、なんて言うもんだから頭の中でアライグマを擬人化したキャラクターが

「アライさんはオタクだけど空手三段なのだ!こないだDQNに絡まれた時も気が付いたら意識無くて周りに人が血だらけで倒れてたのだ!」 

とか言い出したけどそういうことではない。"アライ"はallianceとかの"アライ"で、非当事者ではあるがセクシュアルマイノリティを積極的に支援する人のことで、従って"イキリアライ"とは「俺はジェンダー論に理解がありますよ」的なことをいかにもイキる人物を指す。新しいデジタル機器を買うと"my new gear..."とかツイートしちゃうのと同じで学んだことは見せびらかしたくなるものだけれど、機材を自慢するのと違って接しているのは人間なわけであって、本当に気をつけようと思う。自戒を込めて。

https://www.outjapan.co.jp/lgbtcolumn_news/out_proud/2.html

を読むときに何の音楽を聴くかは意外と悩ましい。プレイリストがあらゆる本に合うわけではない。『ドグラ・マグラ』を読んでるときにO-Ku-Ri-Mo-No Sunday!が流れてきたら俺は怒ると思う。そういうわけで最近は本と音楽をいかにマリアージュさせるかに腐心していて(なんかYOASOBIみたいだな)たとえばさっきの『プロジェクトぴあの』だったらメランコリックとか*ハロー、プラネット。なんかいいんじゃないかという気がする。ちなみに『ドグラ・マグラ』には何を合わせれば良いんだろう。作中に出てくる「キチガイ地獄外道祭文」(内容も名前負けしてない)のCDがあるらしい。

 

鈴原冬二=タイラー・ダーデン=御冷ミァハ=織田信長

しまうまうましです。暇なのでまたブログを書きました。

 

俺はカプレーゼに顔を突っ込む側の人間だった

この記事は『愛と幻想のファシズム』『ファイト・クラブ』『ハーモニー』のネタバレをします。日本史はみんな知ってるからネタバレもへちまも無いでしょ?

ウミガメのスープで「ある小説をネタバレされたけど怒らなかった、なんで?」ってのがあるけど、あれの答えは「歴史小説だから」ですね。

 

 

 

 

 

タイトルの解説から。

鈴原冬ニは小説『愛と幻想のファシズム』の主人公で、政治結社「狩猟社」を立ち上げ日本を独裁国家へと変貌させる。

 

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

  • 作者:村上 龍
  • 発売日: 1990/08/03
  • メディア: 文庫
 

 

タイラー・ダーデンは小説『ファイト・クラブ』の登場人物で、「プロジェクト・メイヘム」なる計画で消費社会をめちゃくちゃにしようとする。

 

 

御冷ミァハは小説『ハーモニー』の登場人物で、人類の意識を消滅させる計画「ハーモニープロジェクト」を実行する。

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:伊藤計劃
  • 発売日: 2014/08/08
  • メディア: 文庫
 

 

織田信長は歴史上の人物で、「楽市楽座」「三段撃ち」などの革新的なあれこれで知られる。

最近の歴史学だと織田信長はそんなに革新的だとは思われてない上に、なんなら三段撃ちは実際やっていたかどうかすら怪しいらしいが、少なくともフィクションにおける織田信長はそのようにして扱われやすい。

小説『平成三十年』は作者のそういう(オールドスクールな)信長像を垣間見ることができる。

 

平成三十年 (上) (朝日文庫)

平成三十年 (上) (朝日文庫)

  • 作者:堺屋 太一
  • 発売日: 2004/01/30
  • メディア: 文庫
 

 

 

タイトルの4人はざっくり纏めれば「過激な改革者」とでも言えるのではなかろうか。日本に、あるいは世界全体に具体的な変化を引き起こすのは彼らである。

ツルゲーネフに言わせれば「行動型で、理想主義的な情熱家の」ドン・キホーテ型の人間である。

 

ツルゲーネフは人間をドン・キホーテ型と、「物事を容易に決し得ず、内向的・懐疑的・非行動的な性格」のハムレット型に分類した。

ところで、物語のキャラクターを際立たせる方法の1つは対照的なキャラクターを配置することだ。最近聞いたネットラジオで、「仮に多重人格になったとして5人中5人が近距離パワー型の木こり5人だったらどうする?」みたいな発言があるけどまさにその通りだと思う。

 

近距離パワー型の木こりが存在するなら、遠くからネチネチ即死魔法を投げつけてくる悪徳僧侶が欲しい。一人称が拙僧のそいつは近距離パワー木こりを愚鈍とか無知蒙昧とかなんとか評しつつも、1期10話くらいで闇の魔術師パンデモニウムの暗黒魔法「クリング・デ・ドゥンケルハイト」を木こりが自らの斧(ミスリル製)で弾き飛ばして窮地を救ったことで親近感を抱き、「無知は力なり、とはよく言ったもの。拙僧の命を救ってくれたことに感謝する。」「なんだぁ?オデに惚れたか?」「いやいやいやそういう訳ではないこれだからこの痴れ者は......」みたいなやりとりがある。

そういう訳で、ドン・キホーテ型の木こりはハムレット型の僧侶とセットで出演させた方が扱いやすい。タイトルのドン・キホーテたち4人にも同じことが言える。

 

鈴原冬二には相田剣介がいる。

タイラー・ダーデンには「僕」がいる。

御冷ミァハには霧慧トァンと零下堂キアンがいる。

そして、織田信長には明智光秀がいる。

彼ら彼女らは暴走するドン・キホーテを殺す(タイラー・ダーデンは「僕」に、ミァハはトァンに撃たれ、信長は光秀に討たれる)。あるいはその猛烈な勢いに巻き込まれ自らの命を落とす(相田剣介や零下堂キアンのように)。ハムレットは世界を率先して変えようとはしないが、彼らの心情によって物語に深みが与えられる。物語の設定や世界観を形作るのがドン・キホーテであり、ストーリーラインを形作るのがハムレットである。

 

ドン・キホーテ型は御冷ミァハ型と呼べ、ハムレット型は霧慧トァン型と零下堂キアン型に分けられると言ってもいいかもしれない。

御冷ミァハは世界の矛盾を正そうとする。システムに迎合した零下堂キアンはカプレーゼに頭を突っ込んで死ぬ。世界のシステムの矛盾に気付いているという点ではミァハに近く、一定の評価を与えている点ではキアンに近い霧慧トァンが最終的にはミァハを撃ち抜く。

「僕」と明智光秀は2人の役割を1人で演じていて、相田剣介はキアンの役だけを演じている(結果として鈴原冬二の暴走は止まることなく物語が終わる)のではなかろうか。

 

伊藤計劃は『ファイト・クラブ』の大ファンなので、もちろん『ハーモニー』のキャラクター造形はチャック・パラニュークデヴィッド・フィンチャーに大きな影響を受けている訳であり、彼自身、ハーモニーを指し「テーマは百合です。女版タイラー・ダーデンといちゃいちゃする主人公が見物です。」と言っている。

退院しました - 伊藤計劃:第弐位相 

そういう意味で言えば『ファイト・クラブ』の「僕」の魂は2つに分かれてトァンとキアンに入ったと言える。

彼の魂のうち、自分の喉を拳銃で撃ち抜こうとした部分がトァンに、スペース・モンキーズに睾丸を切り取られそうになった部分がキアンにインストールされている。

 

最近、自分の生徒会時代の経験を基に脚本か小説を書こうと思ってプロットを作ろうとした。高1当時の私は「BB」と呼ばれた生徒会のドンと激しく対立していた。対立というか、正確には一方的にボコボコにされていた。誤解を招きたくないので言うと、彼の方が圧倒的に有能であり、私が彼に貶される理由は基本的に私の側に存在していた。彼はミァハ型、私はキアン型。当時の私はトァンにはなれなかった。

 

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 

 

 

BBの話をしたいけど、長くなってしまったので記事を切ろうと思います。ミァハ型・トァン型・キアン型の議論もそのうちまた。

 

昨日の「象徴」と私

しまうまうましです。昼夜逆転しました。

運良く6ゾロでも出ないかな

昨日のTwitterはすごかった。起きてトレンドを見てゲーゲー笑った。

(4/22追記:「なんとかかんとか天皇」がトレンド入りした話です。オタク向けアカウントだとその日のTLは陛下と町山智浩の話題で持ちきりだったんですけど、しまうまうましの方だとあんまり話題になってなかったですね。あんなハンドルネームを話題にするのは非常識なので当然ですが。)

 

 

個人のアカウントのびっくりするくらい下品なスクリーンネームについての話題なので、具体的には言及できない。ここから先は、私がいま誰の話をしているか知っていて、その上で彼についての話を読みたいと思う人だけ読んでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一昨日の彼のツイート(4/27追記:すなわち4/11のこと)、このブログの読者には見覚えがあるかもしれない画像が映っている。ギザギザとうねったポテトとハンバーグ、山盛りのライス、味噌汁。赤と白のチェックのテーブルクロス。

 

それから、試しに

「当該アカウント until:2011-01-01」

Twitterで検索してほしい。

ツイートから見えてくる、2010年当時の彼。

図書委員と文化祭実行委員を兼任する関東圏の男子校生で、東大の学祭に行こうかどうか悩み、後輩の痛いオタクをウザがり、読書したことと試験前なのに勉強してないことをさりげなくアピールし、民主党政権を批判する。それが高校生の彼の、ありのままの姿だ。

 

私は、先述のハンバーグ屋をよく知っている大学生で、かつて関東圏の男子校で生徒会に所属していた。

駒場祭ラブライブのコピーユニットを見ていた。中2のころは東方厨で中3になって恥ずかしくなった。本を読むたびに読書メーターでツイートして、試験のたびにLINEの名前に@赤点特攻隊と付け加えていたが実際には出席が足りなかった体育だけ赤点だった。そして、安倍政権を批判する共産党の政治家にクソリプを送っていた。

 

それでも、私はフォロワー200人のつまらない人間で、彼はフォロワー7000人の最高にクレイジーでおもしろい人間だった。自分のスクリーンネームについてまとめ記事が作られるのはインターネットすごろくのあがりだと誰かが言っていたが、私は何年も振り出しにいて、サイコロを投げる素振りばかりしている。最近、親しい友人がボーカロイド曲を投稿し始め1万再生されていた。彼はサイコロを投げた。

(4/22追記:陛下、1万フォロワー突破おめでとうございます。唯野影吉先生に「御真影」を描かれるのもインターネットすごろくのあがりの一つだと思います。)

 

いつか、私がいよいよ本当に手のひらのうえの小さな立方体を投げ、何かしらの形で「即位」していることを信じている。決してクソ汚いスクリーンネームになりたいとかではなく。

 

[追記]

氏が宣伝のためにRTした漫画『サバーキ』はめちゃめちゃ面白いのでぜひ読んでほしい。

サバーキ 第1話

・分断日本

エスピオナージュ

・百合

・ケモ耳

ってオタクのハッピーセットじゃないですか?